「アサッテの人」



「アサッテの人」

 諏訪哲史著

 









これまでも“芥川賞受賞作”という肩書きに惹かれて読んだ本も少なくないのですが、正直、おもしろかったものはほとんどなかったように思います。
おもしろくないとまでは言わなくても、普通やん!賞取るほどか?みたいな。
まぁそもそも、芥川賞にふさわしい本がどんなものか述べよとか言われてもわからんけども。
「アサッテの人」は、これまでにうちが読んだ“芥川賞受賞作”とは何かが違う気がしました。
おもしろかったかと言われたらやっぱりわからんけど、芥川賞を取るにふさわしい受賞作を読んだ!という満足感がありました。

叔父が突然失踪した。
叔父の部屋を片付けに行ったときに、私は三冊の日記を見つけてしまった。
そして私は、その日記や私自身がこれまでに書いてきた原稿を引用しながら、叔父についての小説「アサッテの人」を書いている。
という設定。

叔父の日記の引用、過去の自筆原稿、叔父の妻である朋子が語っているように見せかけた文章、そして小説「アサッテの人」を小説として成り立たせための地の文。
登場人物が、じゃなくて、書き手が、何人出てくるんですか。
小説を書きながら小説に喧嘩を売っているようにしか思えません。
しかも過去の自筆原稿の文章を批評したり、叔父の日記の解説を加えたり。
猫じゃらしでひょいひょいっと弄ばれているような気分です。

そして極めつけの一文。(といっても、割と前半での文章ですが・・)
「これから紹介する箇所は、(中略)女性的な筆致を飽くまで模倣しようとしながらも、書き進むうちに否応なく自分本来の書き癖に連れ戻されてゆく傾向を孕んでいる。」

架空の人物の書き癖から他の架空の人物の書き癖に、本当は一定の語り口で書きたいのにどうしても癖が移ってしまう、というような技、そんなこと、わざとできません。
昔カラオケでわざと音痴に歌ってみようと挑戦したことがあるのですが、これがとても難しいのです。
やったことある人はわかると思いますが、わざと下手に字や絵を書いても、それらはわざと下手に書いたものにしか見えないように、とにかく難しいんです。
そんなどうでもいいことと同じことかどうかはわかりませんが、とても難しいことには違いありません。

“わざと”の部分ばかり熱く語ってしまいました。
頭の悪いうちにとっては難しい単語や漢字がいっぱい出てきますし、内容も難しいですし、話としておもしろいかって言われるとやっぱりわかりません。
しかし、こんなにも小説というものに全身全霊で挑んでいる小説は初めて読みましたので、いや、ありがとうございました。
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by sabazaki-jaco | 2009-01-28 23:01 | ほん